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在家ウパーサカ仏教 河口慧海著作選集 第1巻

在家仏教・書影
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河口慧海 著/日高 彪 編
A5判・上製クロス装・函入・216ページ 2009年8月刊
定価:6000円+税 ISBN978-4-86330-029-3

真の仏教は「在家」(ウパーサカ)の道に在り!
「明治の三蔵法師」河口慧海の仏教思想の精粋!

日本人初のチベット探検家として名高い仏教学者・河口慧海。秘境の仏教国チベットへの留学体験と、将来した貴重なチベット大蔵経に基づき、類い希なる真摯な求道姿勢で「真の仏教」を終生探究した、いわば“明治の三蔵法師”。慧海は老境に至って遂に宗門の僧籍を離脱し、旧来の宗派教団に依らない「在家仏教」を提唱した! 実社会に根ざした宗教が求められる今こそ世に問う! 全仏教界に一石を投じ、新しい仏教の在り方を提唱した快著!

真の「大乗」とは? 既存仏教は果たして釈迦の精神をどれほど受け継いでいるか?

実に現代は正法五百年、像法五百年も過ぎ去って、真の出家僧はいない時代である。現代において、出家の相貌をして清浄生活と聖僧行義を外面に示すことは、取りも直さず虚偽である。かくの如き源泉は如何にせば浄化出来るか。これは時代に適当しない出家仏教を廃して、仏陀直示の在家仏教を興起させることの一事があるばかりである。  (本書より抜粋)

「河口慧海著作選集」推薦文  チベット文化研究会会長 高山龍三

百年余前、チベット探検僧としてもてはやされた河口慧海、一年余で再渡印、インド、ネパール、チベットに計一七年も滞在、仏教、チベット語、梵語を学んだ。帰国したときは五〇歳、彼の研究と著作はその後に始まる。あまりにも有名な『チベット旅行記』のみ取りあげられるが、日本におけるチベット学の祖として、請来した経典の翻訳、研究、チベット語学生の養成、未完に終わったが辞典編纂につとめた。慧海を扱った本や論文は日本だけでなく、中国、欧米にも及び、増え続けている。彼の仏教思想は改めて現代に問い直されている。彼は学究としての道をとらず、また僧としての地位に安住せず、行動する真の宗教者として一生を終えた。彼の請来した文献や多方面にわたる文物は、公共の機関に所蔵され、チベット文化研究に貢献した。そのいくつかの著作は復刻されたが、ここに現代人が読みやすいように、書籍化されるようになったのは、幸せなことである。

著者略歴

河口慧海(かわぐち・えかい) 1866-1945
仏教学者、僧侶。大阪府堺市生まれ。哲学館(現・東洋大学)、黄檗山万福寺に学ぶ。大乗仏教の原典を求め、単身チベット探検を敢行、明治34年(1901)日本人で初めてチベットの首府ラサに到達する。大正2年(1913)2度目のチベット入りを果たし、チベット大蔵経等を将来する。帰国後、大正大学教授。著書『西蔵旅行記』は現在まで広く読み継がれている。

目次

釈迦牟尼仏尊影
在家仏教緒言
第一部 序論
【第一】仏教とは何であるか
【第二】四分五裂して自宗を最尊とする原因
【第三】印度における学派宗派の分裂
【第四】一仏乗における小乗大乗分裂の起原
【第五】顕密分裂・高上高を築く判釈法
【第六】支那に起った判教の起原
【第七】我国における教相判釈の原因
【第八】日本仏教各宗各派の基礎の不安定
【第九】歴史上より天台判釈を批判す
【第十】天台判教中華厳時鹿苑時の無根拠
【第十一】天台の鹿苑時とする仏説法十二年間
【第十二】梵語上より見たる天台判教の当否
【第十三】教理上より天台の判教を批判す
【第十四】原始経と布衍改作の大乗経存在
【第十五】仏陀は毫も小乗を説かれなかった事実
【第十六】仏陀はただ一乗法を説かれたる証説
【第十七】大小二乗の同一原理
【第十八】日本各宗の無根拠
【第十九】仏教所依の経典
【第二十】一切蔵経を依経とする理由
【第二十一】仏教全体の要素
第二部 仏宝
【第二十二】本尊としての仏陀
【第二十三】諸種本尊成立の弁護論とその批判
【第二十四】阿弥陀仏は本尊とならない
【第二十五】南無阿弥陀仏は無意義の片言
【第二十六】第十八本願文の無根無実
【第二十七】願文中称名念仏往生の文句がない
【第二十八】康僧鎧訳無量寿経の真相
【第二十九】宗祖を根拠とする論者の矛盾
【第三十】日蓮宗の諸種本尊観
【第三十一】法仏一如本尊論批判
【第三十二】法本尊論批判
【第三十三】仏本尊論批判
【第三十四】真言宗の本尊論批判
【第三十五】禅宗の本尊論批判
【第三十六】仏教本尊の資格
【第三十七】仏教の真実本尊
【第三十八】空想の神と法身と実在の仏陀
【第三十九】釈尊の万徳円満
【第四十】仏陀十号の略義
【第四十一】仏陀名号の大乗的通義
【第四十二】一切蔵経一仏乗説主としての本尊
【第四十三】阿弥陀本尊弁に対する批判
【第四十四】政治家の無知と宗教界の腐敗
第三部 法宝
【第四十五】法の定義及びその区分
【第四十六】法の第一義
【第四十七】六凡の義
【第四十八】四聖の説明
【第四十九】因果相続の原則
【第五十】因果相応の原理
【第五十一】原因の発生力と自業自得律
【第五十二】業力に関する諸種の法則
【第五十三】感応道交の原理
【第五十四】感応道交の種類
【第五十五】向上的方法
【第五十六】仏教の因果必然説と自由意志論
【第五十七】因果律と自由意志との各本分
【第五十八】発菩提心実行の方法
【第五十九】出家的解脱法
【第六十】大乗経典はみな埋蔵であった歴史
【第六十一】在家的解脱法
【第六十二】出家の結集と在家の結集
【第六十三】実在の菩薩と理想の菩薩
【第六十四】出家修行法の綱領
【第六十五】出家として具足戒を受くる事
【第六十六】出家入禅修道
【第六十七】在家修行法の綱領
【第六十八】懺悔と帰依三宝
【第六十九】ウパーサカ仏教一帰依処の解釈
【第七十】ウパーサカの修法五戒の詳釈
【第七十一】不偸盗戒義釈
【第七十二】不邪媱戒義釈
【第七十三】不妄語戒義釈
【第七十四】比丘僧の虚言は断頭罪
【第七十五】不飲酒戒の義釈
【第七十六】詐欺は悪魔の専売特許
【第七十七】無僧無教法の説明
【第七十八】真宗をウパーサカ仏教とする説の批判
【第七十九】ウパーサカ仏教の究竟目的とその修法
【第八十】発菩提心義と十波羅密
【第八十一】菩薩十地の修行
【第八十二】頓と漸との弁
【第八十三】秩序的急速に安心を得る良法
第四部 僧宝
【第八十四】僧の語義
【第八十五】魔僧が虚偽生活の害毒
【第八十六】戒律上にも比丘僧なき実証
【第八十七】禁受蓄金銀学処の成立
【第八十八】随方毘尼の意義
【第八十九】末法燈明記の自家撞着
【第九十】仏言の逆用に対して仏魔の区別
【第九十一】偽経の危険思想
第五部 ウパーサカ仏教
【第九十二】理想的本尊の欠陥
【第九十三】ウパーサカ仏教の本尊
【第九十四】ウパーサカ仏教伝燈の縁由
【第九十五】ウパーサカ仏教の開祖釈尊
【第九十六】第二祖より第四祖に至る
【第九十七】余が優婆索迦に更生したる所由
【第九十八】懺悔
【第九十九】帰依三宝
【第百】受持五戒
【第百一】発菩提心
【第百二】入菩薩行
【第百三】観釈尊(観仏帰入)
【第百四】報恩廻向
【第百五】ウパーサカ僧
【第百六】ウパーサカ僧の国家観
【第百七】ウパーサカ僧の世界観
【第百八】結論

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