島津忠久の生ひ立ち ―低等批評の一例―
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朝河貫一 著
A5判・上製クロス装・函入
定価:6000円+税 ISBN978-4-905849-74-2
日本中世史のミステリーに名史家が迫る!
歴史・法制史等に必携の書!
鎌倉時代から脈々と続き、薩摩藩主大名として知られる島津氏の祖・島津忠久の、様々な伝説に包まれた出自の謎に迫る!「皇国史観」に流れゆく戦前の日本史学界にあって、真摯にして不屈の研究精神を貫いた朝河貫一の名著、ついに刊行!
※原本発表当時の時勢上、一部に「伏せ字」がみられます。何卒ご了承下さい。
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著者略歴
朝河貫一(あさかわ・かんいち)
二本松藩(現在の福島県二本松市)の旧藩士に生まれ、東京専門学校(現早稲田大学)卒業後
1895年、ダートマス大学に留学。1902年、エール大学大学院で歴史学の博士号を取得。エール
大学教授として日本文明史などの授業を行なう。日欧封建制研究で業績をあげ、特に「入来文
書」(The Documents of Iriki)は世界的に著名。(1873〜1948) 近年各界で再評価注目中!
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島津忠久(しまづ・ただひさ)
鎌倉時代の武将。名門島津氏の初代とされる。島津家に伝わる史料から、源頼朝の庶子であり
、そのため厚遇されたと言われてきたが、出自に関しては様々な説があり定かではない。現在
では渡来系の秦氏の流れを汲む惟宗忠康の子とする説が有力である。その子孫は、薩摩国藩
主大名(江戸期)、公爵家(明治以降)として有名である。(1180〜1227) |
目次
忠久誕生の年
丹後内侍―比企氏であつたか、忠久の母であつたか
丹後局と丹後内侍
惟宗廣言―廣言と忠久、伝説の由来、伝説の活力
源頼朝、畠山重忠、近衛基通―頼朝伝説の漸成、此説を疑ふもの、改めるもの、
政子の嫉妬、重忠との関係、基通との関係、基通に重用された理、
頼朝に重用された理、頼朝説の動機
高倉宮以仁王―説の根拠、説の影響と責任
結論―伝説の地盤、伝説の四体系四時階、近世改造の例、諸点の史値の評価、
史学的価値と現実、史学的改造
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