本書より抜粋
「漱石は何もかもが劇しく変貌する時代に生きたのである。一世代前までの『完全な一種の理想的の型』を求める生き方では、生きて行けなくなったのである。『西洋の圧迫』の中に私たちの『生活慾』を『劇しく』そそる何かがある。その何かは、一時代という長い期間のことでなく、一個人のある時期というさほど長くない時間の中にさえ、ある思いの持続を難しくしているのである。『手紙』の重吉の婚約者への思い、代助と平岡の友情が、そうである。」(第一章「『それから』をめぐって」)
「では、漱石の実人生において友情とはどのようなものであったろうか。自然主義の作家であるかないかに関わらず、作者の実人生の経験は、深刻であればあるほど、真面目であればあるほど、その作品に反映する、いや反映せざるを得ないであろう。特に漱石のような、『行為』と『主義』の『並行』を厳しく自らに求めた倫理的作家においては、作品に表現されたものと実人生の経験とは一を以て貫くであろう。その貫道するものとは、漱石の場合、『気節』つまり、内に向う倫理性である。」(第二章「漱石の友情」)
「もう一度問わなくてはならない。なぜ漱石は『先生』やKの青春の物語を自分の年齢で語らなかったのか。なぜ『十歳前後』若くして他人の物語を物語るように漱石は語ったのか。」(「第三章『こころ』を読む」)
「しかし、人は孤絶しては生きて行けない。ではどうするか。この問いこそ漱石の作品の中で鳴り止まぬ響きなのである。この響きを一度聴いたものは響きの悲調から逃れられぬであろう。漱石の読者はこの悲調を主調低音とする問いが漱石の生涯にわたって鳴り響いていたことを知っているだろう。そしてその問いが私たちの人生とどうして無縁であるといえよう。」(「第三章『こころ』を読む」)
目次
上巻
目 次
はじめに ―― 百年後の評家として
序 章 小品「手紙」
第 1 章 『それから』をめぐって
第 2 章 漱石の友情
その1――子規との友情
その2―― 三山との友情
第 3 章 『こころ』を読む
下巻
目 次
第 4 章 乃木大将をめぐって
第 5 章 『こころ』とは何か
第 6 章 乃木大将は愚将か
第 7 章 漱石の英国留学と英文学研究
あとがき
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