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天下なんぞ狂える-夏目漱石の『こころ』をめぐって (上)

天下なんぞ狂える(上)
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廣木寧 著
A5判・上製・カバー(クロス)装・248頁 H28年11月刊
ISBN978-4-86330-170-2 C0095
定価:本体2000円+税

夏目漱石歿後百年におくる、著者渾身の作家論!

日本という国が世界史に無理往生に急遽(きゅうきょ)接ぎ木された明治という時代に生きた夏目漱石。
彼がその時代の中で追い求めたものは何だったのか。
『こころ』を軸に、激動の時代の中で漱石が見つめたものと、近代日本人に宿命の悲しみを明らかにする。
上巻では、門下生・森田草平、正岡子規、池邊三山らとの交流をもとに、漱石の恋愛と野心を論じる。

下巻も絶賛発売中!

著者略歴

廣木 寧(ひろき・やすし)
昭和29年(1954)福岡市生まれ。九州大学卒。大学1年生のとき、小林秀雄の講義を聴き感動する。後に『信ずることと知ること』と題されたものである。平成12年に批評同人誌『正統と異端』を創刊し、主に近代の文学思想についての文章を発表する。著書に『小林秀雄と夏目漱石』(総和社)、『江藤淳氏の批評とアメリカ』(慧文社)などがある。現在は、株式会社寺子屋モデルに勤務し、講演、執筆に従事している。(※注)「寧」の字体は正確には、ウ+心+皿+丁。「甯」の異体字としても扱われる字体)

本書より抜粋

「漱石は何もかもが劇しく変貌する時代に生きたのである。一世代前までの『完全な一種の理想的の型』を求める生き方では、生きて行けなくなったのである。『西洋の圧迫』の中に私たちの『生活慾』を『劇しく』そそる何かがある。その何かは、一時代という長い期間のことでなく、一個人のある時期というさほど長くない時間の中にさえ、ある思いの持続を難しくしているのである。『手紙』の重吉の婚約者への思い、代助と平岡の友情が、そうである。」(第一章「『それから』をめぐって」)

「では、漱石の実人生において友情とはどのようなものであったろうか。自然主義の作家であるかないかに関わらず、作者の実人生の経験は、深刻であればあるほど、真面目であればあるほど、その作品に反映する、いや反映せざるを得ないであろう。特に漱石のような、『行為』と『主義』の『並行』を厳しく自らに求めた倫理的作家においては、作品に表現されたものと実人生の経験とは一を以て貫くであろう。その貫道するものとは、漱石の場合、『気節』つまり、内に向う倫理性である。」(第二章「漱石の友情」)

「もう一度問わなくてはならない。なぜ漱石は『先生』やKの青春の物語を自分の年齢で語らなかったのか。なぜ『十歳前後』若くして他人の物語を物語るように漱石は語ったのか。」(「第三章『こころ』を読む」)

「しかし、人は孤絶しては生きて行けない。ではどうするか。この問いこそ漱石の作品の中で鳴り止まぬ響きなのである。この響きを一度聴いたものは響きの悲調から逃れられぬであろう。漱石の読者はこの悲調を主調低音とする問いが漱石の生涯にわたって鳴り響いていたことを知っているだろう。そしてその問いが私たちの人生とどうして無縁であるといえよう。」(「第三章『こころ』を読む」)

目次

上巻

目 次
はじめに ―― 百年後の評家として
序 章 小品「手紙」
第 1 章 『それから』をめぐって
第 2 章 漱石の友情
 その1――子規との友情
 その2―― 三山との友情
第 3 章 『こころ』を読む


下巻
目 次
第 4 章 乃木大将をめぐって
第 5 章 『こころ』とは何か
第 6 章 乃木大将は愚将か
第 7 章 漱石の英国留学と英文学研究
あとがき

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